経営者教育 2代目経営者の“器”の開発
食品メーカー、従業員約100名、39歳、男性、取締役部長A氏

◆当初の状態 頭は切れるが、人がついてこない
現社長の長男である。将来は父親の跡を継ぎ、社長になる予定である。
2年前にはある大学の経営学修士をとった。仕事をしながら勉強をした。向上心が旺盛である。そして、話をしていると頭の回転の良さが伝わってくる。

1年前に外食向けの新規事業を立ち上げた。成功すれば、後継経営者として実力が証明できる。社内外に後継経営者としての実力を認知させる大事なプロセスである。しかし、なかなかうまくいかない。得意先が広がらないばかりか、収益は赤字が拡大している。
父親である社長は、息子であるA氏の理屈っぽさを心配していた。社長は理屈よりも誠実さと情熱で社員を引っ張ってきた人である。理屈では人はついてこないと信じている。
父親と全く違うタイプである。父親に対して対抗しようと思うのか、二代目経営者は父親と違う性格やスタイルの場合がかなり多い。

私は会議に参加させてもらった。A氏はポジショニングや4Pなど、マーケティングの理論を語り、上手に説明する。やや高い声で早口に、流ちょうに語る。しかし、何か違和感がある。確かにロジックも大事だが、事業の方向は明確なのであり、今は泥臭くお客様を何度も訪問することが重要な段階ではないか。参加しているメンバーは、A氏が論客であり、しかも次期社長だけに反論がなかなかできない。違和感を感じながら黙っている。A氏はそうした場の雰囲気を読みとれないのか、相変わらずホワイトボードに向かってポジショニング分析を繰り返していた。空回りである。

A氏は頭の回転が早い人が陥りやすいパターンにはまっている。周囲は反論しにくいだけに、リスクが大きい。
このタイプに共通していることは、感情のブロックがあることである。自分の感情を表現したり、気持ちを正直に語ることにおそれがあり、理屈に逃げてしまっている。無意識にそうしているわけで、本人は気づいていない。意識では理屈で説明することがよいと思っているので、うまく伝わらないとさらに理屈っぽくなり、余計に空回りする。
したがって、頭で考える前に自分の気持ちを率直に感じることと、気持ちを表現することがテーマとなる。


◆個人レッスン 1回目 声と気持ちをつなぐトレーニング
高くて早口でしゃべると、声と気持ちが分離しやすい。頭から声が出ているような感じである。胸や腹から声が出る感じだと、気持ちが乗っかりやすい。人を感動させ、説得するには、胸やお腹から声を出す必要がある。
声は筋肉の緊張が影響している。そこで、首や肩、胸の緊張をていねいにゆるめていった。その後に発声練習を繰り返した。


◆個人レッスン 2・3回目 肚・下腹丹田のトレーニング
下腹丹田を意識して自分の考えを語る。すると、頭レベルの空回りがなくなる。また、丹田を意識しながら部下へのかかわり方や事業の方向を考える。すると、シンプルで核心をついた答えが出てくる。
このトレーニングには時間がかかった。肚がすわった人、正直に感情を表現できる人なら、簡単にできる。しかし、理屈に逃げていた人にはなかなか感覚がつかめない。
3回目の後半に、ようやく感じがつかめてきた。ようやく理屈に逃げずに自分の気持ちを素直に表現できるようになってきた。これで空回りは少なくなるだろう。


◆個人レッスン 4回目 プレゼンテーション・トレーニング
気持ちをこめて人前で話す練習を繰り返した。テーマは、ビジョンを語る、社員を動機づける話、一番悲しかった体験、私の生き様。それぞれのテーマごとに感情の込め方が異なる。
この練習で、ずいぶんと話にインパクトをつけられるようになった。以前のように、ロジックに逃げるのではなく、人間としての素直な気持ちを相手に伝えることができてきた。私たちも彼の話の内容、そして彼の成長に感動した一日だった。

◆職場での変化 経営者として一回り大きくなった
部下の課長の話。
「以前は相談に行くと話を少ししただけでロジックが合っているかどうかを厳しく指摘されました。指摘はされるのですが、やっていいのか、ダメなのかがはっきりせず、次の動きがとりにくかったのです。最近は最後まで話を聞いてくれるようになりました。そして、いくつか質問された後に『やってくれ。僕が責任を持つから』と言ってくれたり、『これはストップだ』とはっきりと指示をしてくれます。仕事がやりやすくなったので、楽しくなりました。こんな言い方をすると僭越なんですが、経営者として一回り大きくなられたなあと思います。」